ジャズ⑦
ようやくそれらしい街並みが見えはじめた、
ー
ああ、あれだ、
メンフィスだ、
空は全面ブルーに晴れ渡っている、
ー
ってところまできて、なんとも疲れた。
狭っ苦しい空の上で14時間以上、レンタカーでもう6時間ほどだ、
まあ、しょうがない。
そうなるとまずはモーテルだ。
街中のしゃれたホテルなんかしょせん無理、
あたまっからモーテルってきめてたけど、
アメリカのモーテルってどんなとこか、
なにしろはじめてだ。
ペンキの剥げた寂れた看板をみつけてハンドルを切った。
フロント室のドアを開けると目の前にいきなりの分厚アクリル板ドン、だった。
ちょろい銃弾なんかはじき飛ばしてしまうぞ、ってほど分厚かった。
映画なんかでみる髭ズラの中年男が顔をだすと思い込んでいたから、アクリル板にはたじろいだ。
中年男はアクリル板の向こう側でうつらうつらしていた。
薄汚れた料金表は破けて壁からいまにも落っこちそうだった。
アクリル板の小窓のくぼんだところに20ドル札を置く、
小窓が引き上げられて20ドル札がすっと引き込まれる、
代わりにキーがポンと置かれて小窓がトンと閉められた。
ー
おお、これだ、これだ、
アメリカだ。
ー
ひょっとして熱いのが、と、シャワーのノブをしっかり回してみたが、あんのじょうヒヤッと冷たいやつでしかなかった。
まあこれくらいはアリだと思っていたけど、ほかにもなんにも、セーフティーボックスも冷蔵庫も、みごとになにもなかった。
シーツが洗いたてでプリーツが立っていたのは余程にありがたかった。
さっそくベッドにもぐりこんだ。
車のドアの開け閉めかなにかの物音で目が覚めると、クタクタよれよれのカーテンの隙間から夕刻の強い陽射しがベッドの足元あたりに差し込んでいた。
ー
さて、腹もしっかりとへった、
出かけよう、
まずはビール・ストリートだ、
ー
ここからブルースが生まれた、
B.B.キングはここのストリートミュージシャンだった、
建物や店はほぼその頃の佇まいのまんまだ、
食い物はなんといってもバーバキューリブだ、
とかいう話はいちおう仕入れていた。
近くに車を停めると、これからさあ夜だ、酒だ、音楽だ、っていうストリートのざわめきが、そぞろそぞろに伝わってきた。
小高い丘を下る一筋のストリートに夕陽の緋い残光がまっすぐに降り注いでいた。
ストリートの両サイドの店のネオンが次々と燈り始め、あちこちからライブの歌声が、楽器の音がさんざめいていた。
ああ、これか、
スペアリブならハードロックカフェっていう刷り込みがあったので、そっちかと迷ったけど、ここはやっぱり、B.B.キング・ブルース・クラブだ。
ドアを開けるともうガンガンのブルースだった、
ブルースがグイーと店じゅうグルービングだ、
これが本場のほんまもの、ってやつだ。
迷わず、バーベキューリブとビール、それにフライドグリーントマトをオーダーした。
運ばれてくるジョッキをひったくるようにしてビールを流しこみ、熱々のリブに食いついた。
うまい!
ただひたすら、うまい!
ひと息ついて、ちょいと余裕のふりでステージを楽しむことにした。
そのうちに、ステージで飛び交う言葉のなか、「Blues」、「Blues」って発音に、「おや」、「あれ」っとなった。
「ブルース」じゃなくて、なんか「ブルーズ」、「ブルーズ」っていってる。
ー
えっ、ああそうか、
「Blues」って「ブルース」じゃなくて「ブルーズ」なのか
「ブルー」、「憂鬱気分」の「ブルー」がいっぱいってことか、
だから「ブルーズ」か、
ー
エルビスはここメンフィスにいたんだ、
ここビール・ストリートにいたんだ、
若いころのエルビスは、このビール・ストリートの「Blues」にどっぷりと浸り込んでいたって話だった。
そうなると、そうか、若いころのエルビスの「ブルー」は、「Blues」、「憂鬱気分」の「ブルー」だったか、
そうすると、あのグレースランドの「ブルー・スエード・シューズ」の「ブルー」は、そうかこの「Blues」の「ブルー」なのか、
となると、またの一人ごちだ。
ー
いや、「エルビス」、そうじゃない、
そいつは「Blues」の「ブルー」だ、
「エルビス」、
いつだったか、もうとっくにそいつから抜け出したんじゃなかったか、
その「ブルー」はもうとっくに吹き飛ばしたんじゃなかったか、
あれから、
いつだったか、
「エルビス」、
あの紺碧ブルーの地中海で、
”” It's Now or Never・・・””って、
思いっきり空高く高くへと歌い上げたんだ。
あれからは、
もう、
エルビスの「ブルー」は、
海の「ブルー」だ、
エルビスの「ブルー」は
空の「ブルー」だ。
ー
あしたグレースランドに行ってみようと思っていた、
けど、もういいかな、
グレースランドはナシにした。