「執行」
「アイヒマンは、一貫してユダヤ人殺害への関与を否定、ユダヤ人の絶滅に『協力し幇助したこと』だけだと主張、あくまで合法な命令に従っただけだと主張した」
「ユダヤ人の絶滅について、ユダヤ人自身から、単なる従順以上のもの、協力を得ていたのも事実で、それが無ければあれだけ膨大な数の他民族の抹殺など不可能であった」
「アイヒマンらドイツ人の多くが、ユダヤ人の虐殺に反対もせずに、大量殺人をめざす機構に仕え、与えられた自分の任務を実行していった。一人ひとりの役割はそれほど残酷でも犯罪的でもなかっただろう。また、彼らのほとんどが、自分の手では一人のユダヤ人も殺さなかったし、殺せなかっただろう。」
(ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン -悪の陳腐さについての報告』)
「ドイツ第三帝国」の指導者と高級官僚はアイヒマンら部下に対してユダヤ人絶滅のための『協力・幇助』の任務遂行を命じた。
アイヒマンは「ドイツ第三帝国」の指導者と高級官僚からユダヤ人絶滅の「合法な命令」を受けそのために与えられた自分の任務を遂行した。
「ドイツ第三帝国」の指導者と高級官僚はアイヒマンら部下にユダヤ人殺害の「執行」を命じることはなかった。
その「執行」は、
次々に移送されてくるユダヤ人をガス室に押し込み、
外壁に耳をあてその阿鼻叫喚を聴いて絶命を待ち、
白く膨れ上がった死体を次々と運び出して焼却処理することであった。
「ドイツ第三帝国」の指導者と高級官僚はアイヒマンら部下にユダヤ人殺害の「執行」を命じることができないことを知っていた、
その「執行」の命令が「合法な命令」にはなりえないことを知っていた。
アイヒマンらが部下がその「執行」の命令を「合法な命令」として受け止めないことを、「合法な命令」として受け止めることができないことを知っていた。
「ドイツ第三帝国」の指導者と高級官僚は、ともに捧げ持つ「ドイツ第三帝国」なる強靭強固の共同幻想をもってしても、ユダヤ人絶滅というジェノサイドの国家方針を正当化、合法化しえないことを知っていた。
「ドイツ第三帝国」の指導者と高級官僚は共同幻想の幻惑性によってアイヒマンら部下にユダヤ人絶滅のための「協力と幇助」を命じることはできたが、共同幻想の相対性によって、ユダヤ人絶滅というジェノサイド殺害の「執行」を命じることはできなかった。
いかなる共同体の指導者や高級官僚も依って立つ共同幻想を超えてその権力を「執行」することはできない。
その越権の「執行」はその共同幻想の崩壊を齎す。
その越権の「執行」はその共同幻想に依って立つ共同体の崩壊を齎す。
共同幻想の崩壊、共同体の崩壊の兆しはその越権の「執行」によって顕在化する。