ジャズ⑥
それは機上で決めた。
もう、7、8時間は飛んでいた。
アメリカの南部へ行くんだからってこじつけで飲みはじめたバーボンのせいか、C・Aから「Chicken or Fish ?」って訊かれるだけでうろたえるほどのダメ英語で先行き不安なせいか、まあ機内の気圧のせいもアリか、
すっかり酔いが回ってウトウトし始めたときに、だしぬけの「エルビス」、だった、
また、あの「グレースランド」、トロフィーや額が飾られた豪奢な部屋のソファーで、「ブルー・スエード・シューズ」を手に愛おしそうに眺める、あの「エルビス」のお出ましだった。
となると、またまたの煩わしい一人ごちに落ちた。
ー
いや、「エルビス」、そうじゃない、
たしかに、さすが「エルビス」、
# All Shook Up #
爪先立ちした足元にそいつはピッタリ収まってる、
でも「ブルー」は「スエード・シューズ」なんかに収まらない、
「ブルー」は手にとれない
「ブルー」は手にとって眺めるもんじゃない、
そんな「ブルー」はまがいものだ、
「ブルー」は海のものだ、
「ブルー」は空のものだ、
海も空も一面、紺碧ブルーの地中海、あのナポリ民謡をいきなり、
##
It's Now or Never
Come Hold Me Tight
Kiss Me My Darling
Be Mine Tonight
Tomorrow Will Be Too Late
It's Now or Never
My Love Won't Wait
・・・
##
って、思いっきり空高く歌い上げたエルビスだ。
エルビスの「ブルー」は、
海の「ブルー」だ、
エルビスの「ブルー」は
空の「ブルー」だ。
ー
で、このあとだった、
ー
そうだ、メンフィスに行こう、
もしアトランタの空がブルーに晴れ渡っていたらまずメンフィスに行こう、
ニューオリンズはそのあとでいい。
ー
って、機上で決めた。
アトランタ空港に降り立ってすぐに空を見上げた。
眼に深く沁み入るほどの、どこまでも広く澄み渡るブルーだった。
さあ、メンフィスだ。
空港内のレンタカー店で、係員の侮りと不安の目に晒されながら、身振り手振りのダメ英語でようやくサインまでこぎつけキーを受け取り、ナビで目的地をメンフィスによろしくセッテイングして、さあーさあーさあー、のはじめての左ハンドル、右走行のおそるおそるのスタートだった。
それからずいぶんと走った。
車から見上げる空は行けども行けどもブルーだ、
うん、これならメンフィスの空もまちがいなくブルーに染められている。
エルビスも、あのブルーの空をいつかどこかで見上げたはずだ。
いつだったかどこかで見た。
まだ幼い日、夏の初めのころ、一人小高い丘に駆け登って仰向けに寝転んで見上げた、
なんて、これたぶんのあとずけとしても、
たしかに見た。
どこからが始まりなのか、どこまでで終わりなのか、始まりも終わりもない、ただただ全面一面に広がるブルー、
すぐ近くにあるようでとても遠くにも見える、近くも遠くもない、ただただ全面一面に広がるブルー、
この地上の有象無象のすべてを虚しくして高く天空へと誘いながら、地上のものにはその天空の神秘のさまは決して見せまいとするかのような、ただただ全面一面に広がる天幕ブルー。
あの空のブルーをエルビスもいつかどこかで見上げたはずだ。
もう少しだ、
ナビもあと12マイルほどだと告げてる。
メンフィスの空が全面一面のブルーだったら、
メンフィスの空が全面一面のブルーだったら、
紺碧ブルーの地中海で
## It's Now or Never !! ##
って、空高く高くへと思いっきり歌い上げてる、
あの「エルビス」に会える。
あともう少しだ・・・。