「受容」

" 人類の共同性がある段階で<母系>制の社会をへたことは、たくさんの古代史の学者にほぼはっきりと認められている。そしてあるばあいこの<母系>制は、たんに<家族>の体系だけでなく<母権>制として共同社会的に存在したことも疑いないとされる。”

” <母系>制はただなんらかの理由で、部落内の男・女の<対なる幻想>が共同幻想と同致したときにだけ成立するといえるだけである。”

” 家族の<対なる幻想>が部落の<共同幻想>に同致するためには<対なる幻想>の意識が<空間>的に拡大しなけければならない”

ヘーゲルが鋭く洞察しているように家族の<対なる幻想>のうち<空間>的な拡大に耐えられるのは兄弟と姉妹との関係だけである”

 

” それでアマテラスがこれをきき驚いて申すには、「わたしの兄弟のミコトが天に上ってくる理由は、きっと良い心からではあるまい。わたしの国を奪おうとしてやってくるにちがいない」というと、髪の毛を解いて、ミズラにまき、左右のミズラにもカツラにも、左右の手にも、みな勾玉のたくさんついた珠玉をまいて、背には矢が千本入る矢のを負い、胸には矢が五百本入るをつけ、臀には高い音を出す鞆を佩き、弓を振り立てて庭につっ佇ち、大地を蹴ちらしておたけびをあげて待ちかまえ、スサノオに「なんのために天に上ってきたのだ」と問うた。

 スサノウノミコトは答えていうには「わたしには邪心はありません。ただ父がわたしの哭いている理由をきかれたので、わたしは妣の国にゆきたいとおもって哭いているのですと申しますと、父がお前はこの国に住んではまかりならぬと追放されたのです。それだから妣の国へゆこうとおもう次第を知らせに上がってきたので、異心はありません」とのべた。”

吉本隆明著「改訂新版共同幻想論 母制論」 角川ソフィア文庫

 

 

姉アマテラスは生誕の祝祭と死の供儀を司る<母権>制共同国幻想を支配する。

弟スサノウは、姉アマテラスが支配する<母権>制共同国幻想の空間拡大と守護の命を拝し、姉アマテラスと妣が鎮座する<母権>家族から離たれ、その共同国幻想の域際に立つ。

その域外にさんざめく異界異族の共同国幻想は、姉アマテラスの支配する<母権>制共同国幻想をその崩壊を企らみさまざまに脅やかす。

その守護にあたる弟スサノウの心身は疲弊し、一人哭いて、姉アマテラスと妣が鎮座する<母権>家族への回帰を願う。

 

姉アマテラスと妣は<母権>制共同国幻想の空間拡大と守護のためその<母権>家族から離たった弟スサノウの回帰を受け入れることはできない。

姉アマテラスと妣は<母権>制共同国幻想の空間拡大と守護の命に背く弟スサノウをもはやその<母権>家族に受容することはない。

 

 

 

「私たちの政策に合致するか、さまざまな観点から絞り込みをしたい。全員を受け入れることは、さらさらありません。」(希望の党代表小池百合子

 

共同国幻想の政策、理念は言葉によって語られる。

生誕の祝祭と死の供儀は祈りと音楽に包まれる。

生誕の祝祭と死の供儀は言葉によって記述することはできない。

 

共同国幻想の政策、理念の言葉は抽象を余儀なくされてついには唯名に陥いる。

唯名に陥った共同国幻想の政策、理念の言葉は、沈黙によって形成される自己幻想、対幻想を遠く疎外する。

この遠く疎外された自己幻想、対幻想を慰謝し救済しうるのは祈りと音楽に包まれる生誕の祝祭と死の供儀である。

生誕の祝祭と死の供儀を司る<母権>制共同国幻想は、遠く疎外された自己幻想、対幻想の慰謝、救済幻想として、この世にいつも静かに沈潜してきた。

 

 

「母子の権利こそ、実は女権の究極であり、女性独自のものである」(高群逸枝『女性の歴史』講談社文庫版上、一九七二年)

「女権そしてその核心の母子の権利をないがしろにする男は居域から追われる。古く母権制につながる新しい母子の権利に基づく生活が、わが住居にやってきたのだ。七〇年代、男権の表れとしての家庭の解体が始まっていたが、一組の男女が暮らす居場所の新しい名前はなかった」(最首悟『大衆の玄像』青土社発行「現代思想」平成24年7月号)

 

 

男達が参画する共同国幻想の政策、理念の言葉はとうに唯名に陥り、その唯名の政策、理念の蕩尽によって、女権そしてその核心の母子の権利をないがしろにした。

その共同国幻想に参画した男達は、瞋恚の<女権>家族から、その居域から追放される。

その男達にはもやは居場所はない。

 

居場所をなくしたその男達はついには<女権>家族への回帰を願うしかない。

 

<母権>制共同国幻想の主宰者は、女権そしてその核心の母子の権利をないがしろにした男達の<女権>家族への回帰を受け入れることはできない。

<母権>制共同国幻想の主宰者は、女権そしてその核心の母子の権利をないがしろにした男達をもはやその<女権>家族に受容することはない。

 

 

 

「私たちの政策に合致するか、さまざまな観点から絞り込みをしたい。全員を受け入れることは、さらさらありません。」