「草の葉」

 

 

” 申し分なく産みつけられ、一人の完全な母によって育て上げられ、
生まれ故郷の魚の形をしたパウマノクを出発して、
多くの国々を遍歴したあと――人の往来はげしい舗装道路を愛するものとして、
わたしの都市であるマナハッタのなか、さてはまた南部地方の無樹の大草原のうえの住民として、
あるいは幕営したり、背嚢(はいのう)や銃をになう兵士、あるいはカリフォルニアの抗夫として、
あるいはその食うものは獣肉、飲むものは泉からじかというダコタの森林中のわたしの住居に自然のままのものとして、
あるいはどこか遠い人里離れたところへ黙考したり沈思するために隠棲(いんせい)し、
群衆のどよめきから遠のいて合間合間を恍惚(こうこつ)と幸福に過ごし、
生き生きした気前のいい呉れ手、滔々(とうとう)と流れるミズリー川を知り、強大なナイアガラを知り、
平原に草を食う水牛や多毛でガッシリした胸肉の牡牛(おうし)の群れを知り、
わたしの驚異である大地、岩石、慣れ知った第五の月の花々、星々、雨、雪を知り、
物まね鳥の鳴く音と山鷹(やまたか)の飛び翔(か)けるのを観察し、
明け方には比類まれなもの、湿地種のシーダー樹林からの鶫(つぐみ)の鳴くのを聴き、
《西部》にあって歌いながら、ただひとりでわたしは《新世界》へと旅立つ。”

 (「草の葉ーパウマノクを出発してー」ウォルト・ホイットマン/富田砕花訳 グーテンベルク21発行)

 

 この壮大な叙景詩魂はホイットマンの身体に深く宿る。

 

 

 「世界はほかならぬ身体という生地で仕立てられている」(「目と精神」メルロ・ポンティ)

 

 

 申し分なく産みつけられ、一人の完全な母によって育て上げられた、ホイットマンの力漲る身体は、都市マンハッタン、南部の大草原を、カリフォルニア、ダコタ、ミズーリを彷徨い、それら行く先々の自然と大地とさまざまに交合して、その身体のうちに、荒々しくも瑞々しい幾重もの生地で織りなす「世界」を仕立て上げた。

 

 このホイットマンの「詩魂」はかの大陸の人々の心身を激しく揺さぶり、数知れない人々が故郷を出発して都市マンハッタン、南部の大草原を、カリフォルニア、ダコタ、ミズーリを彷徨い、それら行く先々の自然と大地とさまざまに交合して、その身体のうちに、荒々しくも瑞々しい幾重もの生地で織りなす「世界」を仕立て上げた。

 

 

 

  いま「都市マンハッタン」ウオール街はヘッジとレバレッジを効かせた金融工学の覇者たちに占拠されている。

 いま「カリフォルニア」シリコンヴァレーはゼロワンアルゴリズムのサイバー空間の覇者たちに占拠されている。

 

 彼ら覇者たちは金融工学とサイバー空間という「身体から遊離した観念の擬制によって仕立てられた世界」を築き上げ、「身体という生地によって仕立てられた世界」からは截然と疎外された。

 

 彼ら覇者たちは「身体から遊離した観念の擬制によって仕立てられた世界」で繰り広げられる宴あとの空虚に苛まれて「身体という生地によって仕立てられた世界」からの疎外を日毎夜毎深めている。

 

 彼ら覇者たちはもはや「身体という生地によって仕立てられた世界」には戻れないことを知っている。

 

 彼ら覇者たちは「身体から遊離した観念の擬制によって仕立てられた世界」の行く末を怖れ、戸惑い始めている。

 「身体から遊離した観念の擬制によって仕立てられた世界」の果てにあるAI人工知能による世界支配を怖れ、戸惑い始めている。

 

 彼ら覇者たちは「身体という生地によって仕立てられた世界」を忘却の彼方へと押しやるため、その疎外をなきものとするためにAI人工知能による世界支配を容認すべきか戸惑っている。

 AI人工知能による世界支配によって「身体という生地によって仕立てられた世界」が壊滅するまえにこの地球を捨て、火星に向けた方舟を漕ぎ出すべきか戸惑っている。

 

 

 さきに次代指導者に選出された「都市マンハッタン」の輝く高層ビル屋上階の人もまたいずれ「身体から遊離した観念の擬制によって仕立てられた世界」と「身体という生地によって仕立てられた世界」双方からの挟撃にあい、戸惑い迷う。

 

 

 それでも「身体という生地によって仕立てられた世界」に生きる人々は戸惑うことはない、迷うこともない。

 

 「身体という生地によって仕立てられた世界」の人々の身体は「身体から遊離した観念の擬制によって仕立てられた世界」の廃墟灰塵のなかからなお自然と大地が悠然と蘇りまた立ち昇ることを知っている。

 

 身体という生地は戸惑うことも迷うこともない。